海外カンファレンスでマイコンワークショップを開くための技術(ハスミメソッド)について

みなさんこんにちは。 ANDPADの2024年アドベントカレンダー12月13日(金曜日)の記事を書く @hasumikin です。 わたくしはことし、ボスニア・ヘルツェゴビナで開かれたEuRuKo 2024にて、"Embedded Ruby Revolution: A Hands-On Workshop with PicoRuby"というタイトルのワークショップを開きました。1

近い将来、みなさんも海外でマイコンのワークショップを開くことがあるかもしれません。 この記事では、海外カンファレンスでマイコンワークショップを開くための技術をお伝えします。

その前に、EuRuKoについて

ユールコと読みます。 ヨーロッパ最古、最大級のRubyカンファレンスだと言われています。 伝統的にシングルトラックのカンファレンスでしたが、2024年はマルチトラック化されました。 最大3並列でした。 ただし、来年以降もマルチトラックであるかはわかりません。 EuRuKoは開催都市が毎年変わるので、開催年ごとにコンセプトが異なる可能性があります。

City Pitch

EuRuKoの翌年開催都市の決め方がユニークです。 EuRuKo期間中(筆者が体験した2023年、2024年ではそれぞれの最終日でした)にシティピッチというものが行われ、その日のうちに翌年の開催地が決まります。 「おいらの街にEuRuKoを」と意気込む立候補者が壇上で演説し、参加者による投票でひとつの都市を決定します。

これはつまり、開催地決定から実際の開催まで1年未満しか準備期間がないということです。 多くの場合、立候補者は事前にチームを組んでいるわけではなさそうなので、「いまから11か月後に開催する、参加者500人(あるいはそれ以上)規模の国際カンファレンスを企画するチーム」に急に巻き込まれる人々が毎年いる、ということです(おぉ....)。

そんなわけで、来たる2025年はポルトガルのヴィアナ・ド・カステロが開催地になりました👏2

ぜひとも行きたいのです。 これまでヨーロッパは16カ国に行きましたが、未踏の国の中で一番行きたいのがポルトガルです。 なんとかして行きたい。

マルチトラックEuRuKo

RubyKaigiや米国RubyConfのような大規模カンファレンスはだいたいマルチトラックですが、シングルトラックにはシングルトラックのメリットがあると思います。 全員が同じ話を聞いている、という点です。

アフターパーティでみんなが共通の話題で語り合える一体感はなかなか良いものです。 登壇者からすると、「ここにいるほぼ全員が俺のトークを聞いたんだぜ」とドヤれます。 前年のEuRuKo 2023にも登壇した3のですが、トーク後のカンファレンス会場やパーティ会場でありとあらゆるRubyistから声をかけられました。 非常にくたびれると同時に、ちょっとした有名人体験ができて嬉しかったのも事実です。

しかし、2024年はマルチトラック化の恩恵により参加することができましたのですね。 シングルトラックでは、ハードウェアを使用したワークショップのような出し物が入り込む余地はないでしょう。 マルチトラックもよいものです。

海外でのマイコンワークショップ

さて本題。 2019年にもポーランドで似たようなワークショップをやらせてもらいました。4

ハードウェアのワークショップですから、日本でパーツを購入して、参加者ごとの小分け袋に入れて、箱に詰めて国際便で発送します。 この準備がなかなか大変です。 間違ってもご自身の渡航時に、ご自身といっしょにパーツを運搬しようなどと思わないでください。 それはほんとうに無茶です。

ワークショップ成功のためには、以下の各項のバランスをとる必要があります:

  1. 予算
  2. 予想される参加者の満足度(顧客が求めているもの)
  3. 準備の工数

あれ? これってつまりIT開発プロジェクトと同じですね。

1. 予算

まずは、ワークショップの内容をあらかた決めてください。 そしてパーツを選びます。 次項「2. 予想される参加者の満足度」も反復的に考慮しつつ、予算に収まるような計画を立てます。

送料も決して小さくはありません。 わたくしの場合、過去2回ともヤマト運輸の国際宅急便を使用しました。 サービス内容、価格ともによいものだと思います。

ここで注意したいのは、国際宅急便では送れない国がある点です。 リンクは貼らないので各自調べていただきたいですが、2024年12月現在、中国やカナダやポルトガルといった国に個人の荷物が送れません。 えええ、じゃあ来年ポルトガルでワークショップやるのは難しいですね。。。 テックトークを考えなきゃいけません(がんばる)。

派手なパーツを使用するとワークショップが盛り上がるのは間違いないですが、お金がかかります。 購入にかかるお金だけでなく、サイズの大きなパーツだと送料も増えてしまいます。 「3. 準備の工数」にも関係しますが、各参加者ぶんの小分けパッケージをつくる手間も増えます。 あまり欲張らないほうがよいでしょう。

2. 予想される参加者の満足度

これが難しいところです。 後述する「ワークショップ資料のつくりかた」もあわせてお読みください。 参加者のレベルがさまざまなので、簡単すぎると暇になる人たちがいるし、難しい内容だとなにも成し遂げられずに帰宅する人もでてしまいます。

初心者に十分な達成感を、上級者にもなにかひとつは新しい体験を、ということを満たせれば、そのワークショップは成功であるとだけ書いていったん次へ進みます。

3. 準備の工数

ついにパーツを発注して、参加者数プラス予備数の小分け袋に詰めるときがやってきました。 これを甘く見ないでください。 現地で小分け袋を参加者へぽんぽんと手渡しするだけでワークショップを開始できる、というような準備がマストです。 間違っても、LEDをひとつひとつ配るようなことをしてはいけません。 ワークショップは、事前準備によって勝利が80%決定づけられます。

小分けにしたひとり分のパーツ

発送する荷物のインボイスには内容物を正確に書いてください。 X線検査だけではなく、税関による開梱検査があります(あるはずだと考えておくべきです)。 怪しい点があると税関通過に時間がかかったり、最悪のケースでは没収されてしまいます。 インボイスに書く金額も正直に書きましょう。 送付物の金額に関税が連動しますが、ここをケチるのもやめましょう。

そう、関税。 予め現地のオーガナイザとよく打ち合わせして、関税を受取人(つまりカンファレンス側)の負担にするという合意をとっておくことが必要です。 インボイスには輸出入の目的を書く欄があり、そこに「Education/Workshop」と書くことで課税を回避できることもあります。 これは輸入国や税関担当者によって変わることなのであまり期待しないほうがよいですが、「Education/Workshop」と書いたよ、という事実は現地オーガナイザに伝えておいてください。 そして運送業者に荷物を預けたら、インボイスのコピーを現地オーガナイザへ送ります。 これによって受け取り側が、関税について交渉する(あるいは言われたまま支払う)心構えを持てるというわけです。

ワークショップ資料のつくりかた

資料作成も準備に含まれますが、資料は再利用性が高いので別項としました。

ワークショップの場に映写するスライドと、Web上のページの両方を利用してつくります。 まずはワークショップ本編をいくつかの意味のあるかたまりに分割して、それぞれシークレットGist5としてWebページ化します。

これによって、ワークショップの進行をうまいことコントロールできます。 パブリックGistにしないほうがよいです。理由は後述。 そしてスライドには、シークレットGistへの短縮URLを書きます。 参加者はこのURLを手打ちしてシークレットGistへアクセスします。 シークレットGistには、次のパートへのリンクを書きません。

このハスミメソッドの利点は以下のとおりです:

  • Gistページにはスライド1枚に収まらない内容を詳細に書ける。これにより、参加者は自分のペースでそのパートを進められる
  • パブリックGist(あるいは検索やブラウジングによって次パートへ行けてしまう構造)にしてしまうと中級以上の参加者がどんどん先へ進んでしまい、ワークショップ全体の足並みが乱れる(足並みが乱れていちばん疲れるのは講師であるあなたです)。これを予防することによって「その瞬間」は「全員が同じことをやっている」という状態をつくれるし、相互の助け合いを促進できる

いずれにしても中級以上の参加者はちょいちょい暇になりますから、Gist資料にはそれらの人向けのエクササイズコンテンツをつくっておくとよいでしょう。

当日はワークショップの時間を適当に区切って、シークレットGistへの短縮URLを順番に公開(つまりスライドを進める)していくだけです。 「このパートを15分やったら次に進むよ」というアナウンスをし、あとは会場をうろうろして質問に答えるのです。 時間内にひとつのパートを終了できない参加者はどうしてもいるでしょうから、講師であるあなたが助けてあげてください。 むしろそこに集中するためにすべての準備があるのです。

Gistへのリンクは手打ちできない(したくない)が、短縮URLなら打てる。この例では、セットアップパート(これだけパブリックGist)とLチカパートへの短縮URLを表示している

求むアシスタント!

とはいえ、数十名の参加者に対して講師があなたひとりだとすると、トラブル対応はかなりのハードワークです。 しかも英語です。 そこで、参加者のなかにアシスタントをつくりましょう。 かならず何人かは中級以上のレベルの参加者がいるはずです。 その人物をなるべく早く特定してください。

それに先立ち、ワークショップの冒頭で「助け合いこそがワークショップ成功の鍵である」と宣言してください。 できちゃった人はわかってなさそうな人を助けるよう奨励しましょう。 できない人はわかってそうな人に質問するよう誘導しましょう。 そしてあなたの内心で勝手に指名したアシスタントに自己紹介タイムをつくってあげて、「なんでそんなにマイコンに詳しいの?」とかなんとか言っておだてて、アシスタント化するのです。 これで大勝利です。


この記事では、海外カンファレンスでマイコンのワークショップを開催するための技術を解説しました。 これであなたもインターナショナルマイコンワークショップ講師です。 エンジョイ!